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詩のある街から

ほっと けい の詩を掲載します。

手放すこと

先日、女神さんとドトールでコーヒーを飲んだ。女神さんが飲んだのは紅茶だったような気がするが、よく覚えていない。ぼくは何かしら他愛のないことを楽しげに話し、コーヒーを飲み、流れてくるタバコの煙をアウトボクサーみたいによけていた。女神さんはそんなぼくの今を読んでくれて、今のぼくに「手放すこと」というイメージを差し出してくれた。それからのぼくは、ぼくにとって重いものや汚れたものについて考えた。それで月曜日はアレを手放し、きょうはコレを手放すことにした。アレコレ。あれこれ。こうして僕は一枚一枚、薄い皮膜を脱いでいくことができるのかもしれない。そこに新しい何かが生まれてくれればよいのだが。女神さんもきっと今ごろ、あの街で優しい風になっているに違いない。

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4月14日

タワーマンションの建ち並ぶ交差点で、小さな女の子が夜空に向けて両手を伸ばしている。横断歩道の信号はとっくに青になっているのに、女の子はそのまま動かない。幼児に声を掛けるのは、たとえ善意からにしても警戒される行為になってしまった今、それでも横を通り過ぎようとしてぼくは思わず話しかけてしまった。「ねえきみどうしたの」と。すると女の子は天を仰いだまま「もしかしたら取れるかもしれないの」と答える。彼女の指の先を見ると、やはり夜空に向かって虚空しか見えない。ぼくは「きみに見えるものが、ぼくには見えない。それはとても悲しいことだよ」と言ってみる。そのとき地面が少し揺れたような気がした。時が残しためまいかもしれない。ぼくは道路の向こうで光るマルエツの看板に、少し気を取られた。その瞬間、女の子は「取れた」とつぶやき、そのまま夜空に吸い込まれていった。ブラックホールでもあるかのように。でもそれが何だかとても自然なことのように思えて、ぼくは交差点でしばらく立ち尽くしていた。そして、あの子は火星を取ろうとしていたのだと、その時ようやく気がついた。今夜は地球に火星がもっとも近づく夜だ。何が起きても不思議ではない。女の子の「取れた」という声がぼくをどこか懐かしい場所に運んでくれるような気がした。

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満月の夜に


先ほどファミリーマートへ向かって歩いていると、住宅街の路地から阿弥陀如来さんが出てきた。おや、めずらしい、と思いながら会釈してすれ違おうとすると「今夜は月がとてもきれいですね」と声を掛けられた。彼の視線を追うと、ぼんやりとかすんだ丸い月が見える。そうそう、明日は満月だ。祈りを込めれば、すべてが浄化される夜だと思い、ふと「藤巻さんや安西さんもお迎えに行かれるのですか」と聞こうとしたら、阿弥陀如来さんはもう姿が見えなかった。



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清算



政治家が言うんだ


もう「戦後」を清算しろって


悪くない話なのだが


考えようによっては


それが新たな「戦前」につながるような


そんな気がするんだ


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きれいの反対は


きたないものを

隠してしまえば

きれいになると

誰が教えたのか



都市は言う



見えるところさえ

きれいなら

それで問題ありません と



それにしても

きれいの反対は

きたないで正解ですか?



愛の反対が

憎しみではなく

無関心だとしたら



きれいの反対は

きたないではなく

感じないことではありませんか?






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